HARURUN Paradise
第一章 1 そもそもの始まり
熱気と殺伐とした風が入り交じり、息を吸うものに絶望を与える。三ヶ月に渡る一方的な抗戦の末にもはや望みは尽きた。
地には力尽きたもの、あるいは望みを空に託し魂を手放したものが重なり合い、その上を疾走する者たちのもつれた息がまた空気に溶ける。
それで、誇り高きガルスの兵士達は手を取りあう。残った一滴の力をも振り絞って立ち上がる。
「くっ、フォークスが落ちてたまるかぁぁ!」
赤銅の髪が風に震える。
「カリタスっ」
続いて若き青年兵が隣へ並ぶ。
「アラン、冥土の土産に最高の後援を頼むぞ!」
土埃と血糊にまみれた柄を両手で握り直して、カリタスは粉塵の中を駆け抜ける。
「任せろっ」
同朋の背に青年は力一杯叫んで眼を閉じた。
三度宙に印を切り、手で空を仰ぐ。
ふと思った。
これが最後に見る空になるのだろうかと。
_____西の要塞陥落
「とのことであります」
それは事実上、国の間近な滅亡を意味していた。
北と南に海を持ち、因縁の東の大国もそれを好機とばかりに攻め入ってくるのは時間の問題であった。
切れた喉を詰まらせ、伝令者は地に伏せた。
戦乱の世界とはかけ離れた華やかな装飾の施された広間の一番奥に、顔こそ拝む事の出来ないこの国の王がいる。
最強の国家として何百年にも及んだ歴史国家は、いまや古き良き社会に成り下がり、新興国の躍進的な発展の裏に育った脅威にもやは対抗するすべはなくなった。
「そんなばかな・・・」
「サラザーリごときに全軍全を滅ぼされたというのか」
その場の誰もが息をのみ、王の口からこぼれるものを待った。
王は微笑をたたえた。
「要塞が墜ちた今、私が結界をはるしかあるまい。」
予想を裏切らない誠実な言葉に絶望する重臣の膝が崩れ落ちる。
「それだけはお考え直しください、陛下!私たちはどうなるのですかっ・・・」
優しく静かな深紅の眼差しがそれを制す。
「慣例に従い、新王の選定を行うがよい。民を頼んだ」
「陛下!!」
「王のための国家ではない。民のために国家が在り、国家のために万人に義務がある」
王は柔らかな衣を翻した。
深紅の双眸が閉じる。
「私もそなたたちも、それを果たすまで。」
それがそこに居た者達にとって、その王の声を聞いた最後になった。
「滋養に効くものと、解熱剤に、痛み止めに・・・まだあるかな?」
「はいはい、ちょっと待ってくださいね〜。ふ〜っ」
そろそろ秋だ。山も色づき、空気も涼やかになってきた今日この頃。ちなみに食欲も色づいた。色々気分が良くなってきた折、忙しくなった。
こんだけしがない薬屋まで繁盛しだしたのは、隣国への侵攻が一段落して、帰還兵が街にだーっと帰ってきたからだ。
随分と黄ばんだラベルのついた瓶を不器用に並べて、少しずつ紙に量り、包む。その店主の手際の悪さに訝しげな視線を向けつつ店の外まで並ぶ人々。
「はいよ〜、おまちど〜」
「ありがたい」
二時間も並んでようやく手に入れた物を大切に皮鞄にいれてアランは深く息を吸う。
この地の空気を確かめる。
不思議な事に生き延びてしまった。
そして、皮が擦り剥けた両手を見ながら感慨深く息を吐く。
それでも限界が近いことは体が語っている。
客が戸の鈴の音と去った時に店主はふと思った。
そういえば、あんなにピンピンしてる青年なんてしばらくぶりだったな〜、と。
街から遠ざかるのに農地を超えていくのは好ましくない。田舎ほど目が行き届いている。
という一段階思考でいきなり道もなき山越えを試みたが、三日もろくな寝床で寝てないし、体にかけたまやかしの魔力も弱まってくらくらしてきた。
そろそろ休むのが賢明か。
「まったくあの薬効きやしない・・・もっと食料を買っておくべきだった」
乾いた足場に腰をおろして、気が抜けた瞬間、魔力が抜けて全身が痛みだした。内蔵も焼けるように痛み、思わず咳き込む。髪も目の色もすっと濃くなった。
まやかしの術をかけて行動すれば、普段使わない人間の潜在能力というものが覚醒して、なんとかなるんじゃないかと思ったが、やっぱり単なるまやかしだったようだ。
「何事も実践してみないとわからない訳でもない・・・か」
はぁ・・・
息をついたその時、急に木々の中に物の気配がした。
ザザザッ
「!」
振り向き様に足下に矢が突き刺さった。とっさに身構える。
ガサッッ
五歩手前の茂みが急に開け、人がでてきた。
「あ」
声が発された瞬間にはアランは眼を使っていた。
「?」
使っている。
使っているはず。
なのになんだか向こうは自分を見つめている気がした。
「!」
と思う間にその瞳がのこのこ近づいてきた。
「なんだぁ、ヒトだぁ!お化けだと思った」
お化け?
この時世にもっと怖いものが在るだろうが。
しかもお化けに矢??
突っ込みは驚きに飲まれ、言葉がでてこない。
眼が・・・効かなかった?
「お〜い、ダイジョブですか?」
よくよく目の前て手を振っているのは少女だった。まだあどけない顔立ちの。
「あのぉ、気は確かですかぁ?」
なんか表現間違ってるだろ?
しかし、伸ばされた手をとっさに掴み、地面に振り払う。
「誰にも会わなかったことにして、とっとと消えろ。」
わずかな月明かりの中だし、大丈夫だろう。そう思い、自分からも踵を返した。眼が使えないってことは相当体力にキてる証拠だろう。
また気を抜いた一瞬に器官に痛みが走った。咳き込む。
その瞬間、後ろから蹴りをくらった。
「!」
仰向けに体を返した時には肩を掴まれ、既にその少女の瞳がまた前にあった。
「なにをする!」
「あなた・・・ガルスの?」
「!」
ここでサラザーリ人につかまるのはまずい。
「あれ?!」
大きな瞳が覗く。
全身全霊で気も力も振り絞っているつもりなのに、掴まれた肩から力が抜けて、体の痛みに呻きがもれる。
「く、そ・・・」
「やっぱり・・・!」
もう命運も尽きたかもしれない。
少女の陰が落ちてくる。すると、額に柔らかな唇が触れたような気がした。
ガルスで人々の交わす挨拶。
まさかなと、思いながら意識がふっと遠のいていく。
「私はあなたの敵じゃないよ」
次に思考を取り戻した時には、ガサガサした寝心地のベッドの中だった。なんだか温い。太陽の日差しがすごく平和的にさしていて、温い。
体はまだだるいな・・・。
うすらうすら覚醒してくると、ふわふわした物体が目に入った。
もう五ミリ目をあけると、随分色素の薄い毛の固まりという事がわかった。
「ん」
しっかり目が開いた。
「あ、おはよう」
同じ布団の下に女の子。
「!!!!」
「熱下がった?」
なぜ・・・
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