HARURUN Paradise
第一章 2 始まりの手紙
なぜ・・・
まったく身に覚えが無い。色々。
「なぜって言われても」
「・・・」
「ま、朝ご飯にしよ〜か♪」
薄い色の毛の持ち主は寝床からひょいとおりると、なんか投げてきた。
「服着てね」
「!!」
しっかり目が覚めた。
「まさかな・・・」
「へ?なんか言った??」
少女は振り返る。昨日は分らなかったが、大きな透き通った青い目だ。
「な、なんでもない」
よく考えたらもう痛みがほとんどなく、体が軽い。キャッチした服をほぐす。
「きみが・・・助けてくれたのか?」
「うん。昨日、急に寝ちゃったから。あ、わたしはマリー」
「おれは・・・アル」
さすがに本名を名乗るのにはためらって、ありきたりな愛称で名乗る。サラザーリ領の人間を信用する訳にはいかない。
それにしても、昨日という事は、まだ一日しか経ってないという事か。
周りを見渡してみて、小さな木の家の中にいる事が分った。
少女はぼろぼろの寝間着をひらひらさせながら、窓を開けたり皿を出したりこなれた感じで動き回る。よくよく見ると結構胸がある・・・。
「とにかく、君に頼みたい事があったから、頑張っておぶってきたんだ」
山の中だけあって、訛っている。ちょっと上がり調?
「頼み?」
ささっとだぶだぶのサスペンダーが昔っぽいズボンもはく。
外に自分の服が干されて風に吹かれている。
窓から山の空気が流れ込んで爽やかだ。
アランは顔を上げる。
「・・・ガルス人を信用するのか」
「わたしもガルス人みたいな者だよ。じぃちゃんがそうだし」
少女は得意そうにガルス語で答えてみせた。
「そうなのか?」
国境に近い山中には、外国人でも共存しているものなのだろうか。
民族意識の高いここらで聞いた事も無いが、実際端々の庶民の実態など知った由も無い。
「君もサラザーリの言葉を話してるよね、でも」
「あぁ、一応」
一介の貴族であれば、隣国の言葉は一般教養だ。
まぁ、仕方が無い。
ジュゥゥゥ。
卵のいい香りが胃を起こす。
「で、頼みって?助けてもらった恩義にできることならする」
こんな山の中で、全く無垢で無知そうな少女に悪意は不思議と抱けない。
アランは愛国心も自尊心も高かったが、それゆにいっそう人間同士の付き合いを重んじるタイプでもあった。
「じいちゃん残が遺した手紙を読んでほしいんだ」
独特な香辛料がスープに入れられていく。
軽快な料理さばきに目がとまる。
「のこした・・・」
「うん、戦が始まる前にじぃちゃんは役人に連れてかれたって。街に降りたきり帰ってこなくて、人に訊いたんだ。もう帰ってこないって」
「それは気の毒に」
「もう3ヶ月も前の事だよ」
皿に料理がのせられてく。
「美味しそうだ」
つい正直に言葉がでた。
「うん。お腹減ったでしょ」
「・・・」
「毒なんか入ってないから。言ったでしょ、敵じゃないって」
「・・・ありがたく」
焼きたてのパンにおもわず顔がほころぶ。
温かい食事は戦場以来だった。急に戦友達の顔が浮かんだ。
皆どうなったんだろうか。一日も早く戻って確かめたい。
最前線でサラザーリの魔法官と一騎打ちになって吹っ飛ばされて、気付いた時にはサラザーリ領をさまよって・・・街に降りて薬買って・・・。
「はい、これ」
もぐもぐしながら、少女は手紙を差し出した。
しっかり蝋で封をしてある。
「もしじいちゃんに何かあったら、開けてていいって言われたけど、開かないんだ」
「開かない?」
少女はぱんぱんに食べ物を詰め込んだ頬をして、おっきな目を向ける。
なんか、その視線に弱い。アランはさっと目をそらした。
「そうなんだよね。私じゃ開かないみたいで、他の人にためしてほしかったんだ〜」
あっという間に食べ終えて、皿をどかし、よくよく手紙をみる。宛名も書いてないし、蝋もたらしてあるだけで、印はない。
「・・・」
「?」
「あぁ」
よくみれば魔術で封がしてある。魔力を持った者の間では、こういう手法はめずらしくはない。
それに、この少女の目に弱いと思ったのは魔力のせいか、と腑に落ちた。時々こういう相性の悪いタイプもいるものだ。
「ナイフ使う?」
「ナイフじゃ、開かないに決まってるだろう!これは魔力で封をしてあるだけだ」
「魔力?」
「親から受け継いだだろう」
「ええ?お父さんもお母さんもいないもん。じぃちゃん魔法使えるけど、私養子だし・・・私はごくふつうの庶民だよ!」
どうやら自覚がないらしい。
「でも、じゃあアルは魔法使いなの?!」
「まぁたしなみ程度に・・・。開けてやってもいいけど、読んだら発たせてもらう」
こんな田舎だが、魔力を扱う人間には深入りはしない方がいい。ごく普通の田舎の娘ならば、とっとと立ち去ろう。
「わかった。とりあえず、試してみて」
なんの変哲もないし、封の魔力もほんの微々たるもので、とくに問題はなさそうだ。
アルは手紙に視線を落とした。
深く息を吸い、集中する。
古い紙にしみ込んだ色々な想いが肌に染みてくる。その中の強いモノを探り、見えない手で掴む。とても強い何かを・・・
「これは・・・!」
「え?」
まずい!
今更遅いのは分った。
瞬間、光が炸裂する。
一緒に爆発の様な衝撃。
とっさに自分の身を守った。しまったことに、自分の身だけ。
「ぐ・・・」
封印が解けた瞬間、魔力が溢れ出す。
魔力を持って生まれる者はそういない。
だいたい血縁で持って生まれる事が多い。その力が特異で脅威でもあるため、普通は生まれたばかりの子に魔力封じをかけ、
大きくなった頃に封印を解き、力の使い方を学んでゆくのだ。
「!!!」
ドォォォーーーーーーーン
鈍い重さ。
相当な魔力が爆発した感じがした。
当たりには煙が立ちこめ、家が瓦礫になり果てていた。
「ごほっ・・・」
少女が十メートル程先に倒れているのを見つけ、瓦礫を踏み分けて、抱え起こす。
「おいっ」
外傷はなさそうだが、焦点が合っていない。
「しっかりしろ」
小さな肩をゆすった。
「ん」
目に光が戻ったのを確認して、自らの耳飾りの片方を引き抜いて、素早く指で印をきる。
「我の名に置いて、汝の力を制す」
またまばゆい光が発し、耳飾りにそれが集約してゆく。ゆっくりと最後の光が雫型のガーネットに吸い込まれた。
呼吸がゆっくりと整っていき、長い銀の睫毛がゆれる。ゆっくりと水の瞳が漆色の双眸をとらえる。その瞬間を少女は懐かしくも心地よくも感じた。
「・・・じぃちゃん」
「・・・大丈夫か?」
「ん・・?」
ふにゃふにゃの頬を引っ張られ、あわてて身を起こす。
そして、目前の驚愕の事実。
家が木っ端微塵。
「がーーーん!!うそぅぅ!」
「手紙じゃなかったみたいだ・・・」
ため息の主は、屋根だったものの上に腰掛けて、自分を見下ろしている。
「じぃちゃんの思い出ハウスがぁぁ〜!うわぁぁぁぁん!」
アランはわりと思慮深く、優柔不断な性格であり、この状況下、身の手前そそくさと退散するのが適切か、判断に迷うのであった。
もちろん、母国の訃報を知るよしもなかった。
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