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第一章 10 隠れた者達

 

 

 

 

 

  クリスはかつて随一の王と讃えられた男の顔をベール越しに見つめた。

 

 かつて寝食を共にしてこの国の行く先をいつも見守ってきたその瞳は二度と開く事は無い。

 

 大理石の神殿に冷たい風が舞う。

 

 それに輝く星はあんなにも無垢だ。

 

「これでよかったのか、ディレス・・・」

 

 

「クリス」

 

 

 長いマントを少年が引っ張る。

 

「僕、何もわからないけど、叔父上みたいな王様になれるようにお兄様達と一緒に頑張るよ」

 

 小さな体を抱き上げる。

 

 重荷を負えるはずのない小さな王子。

 

 クリスは微笑んでいった。

 

「あなたは何も心配しなくていいのですよ。もうお部屋へ戻ってお休みください」

 

 小さな王子を送り出すと、クリスは広間を降りて、回廊へでる。

 

 ほんの少し前まではにぎやかだったこの城内も寂しく静まり返っている。

 

 荘厳な装飾が施された柱越しに、白い月を見上げる。

 

 

 明るい月だ。

 

 

 それをしばらく凝視しているとそこに徐々に陰がかかる。

 

 

「!」

 

 

 何かが飛んでくる。

 

 

「あれは!」

 

 

 

 それはあっという間に、こちらに舞い降りてきた。

 

 

「ガルナダ!」

 

 

 美しい尾羽をたなびかせ、聖獣は神殿の中庭へ降りる。

 

 

「大神官。西の同胞を連れてきたぞ」

 

 

 音も無く静かに降り立って、重なり響く声音を奏でる。。

 

 

「大神官様!」

 

 

 聖獣の背から、男達が次々と飛び降りきた。

 

 

 そしてクリスの足下へ平伏す。

 

 

「恐れながら申し上げます。私、カリタス・フォーク以下六名はガルナダに助けられ、ただいまサルザーリから戻りましてございます。」

 

 

 カリタスは肩を震わせて言った。

 

 普通ならば目通りすら叶わない大神官が目の前にいるのだ。

 

 

「よく戻った。すぐにフォーク候に連絡を入れよう」

 

 

「は、有り難く存じます」

 

 

「しかし、どうして結界を抜けて来れたのだ?」

 

 

 クリスは眉をひそめる。

 

 カリタスの側近が前へ出た。

 

 

「マッタイアスと申す者が・・・それはもうアラン様にそっくりのガルス人で、ここまでの道を示してくれたのですが・・・その者からの書状を預かって参りました!」

 

「マッタイアス?」

 

 

 羊皮紙の封筒を男から受け取る。

 

 

 結界の割れ目を探す事は不可能ではない。

 

 

 あらゆる魔力を熟知している自分でこそまた可能だ。

 

 

 しかし実際に破るには・・・

 

 

「その者に召還されたのですか、ガルナダ」

 

 

 クリスは美しい獣の肢体仰いだ。

 

 

「私は、アランに召還された、大神官よ。そして務めは終わった」

 

 

 とたんに青白い輝きを淡く放ち、聖獣は姿を消した。

 

 

 

 辺りには虫の声が残り、光の余韻が宙を舞う。

 

 

「マッタイアスとは何者か、カリタス」

 

 

 カリタスは少し戸惑う。

 

 

「は!その者は・・・えっと、ん、あれ?・・・えっと・・・」

 

 

 明らかに忘却の術をかけられた症状。

 

 

 クリスはあきれながら側近の男達も見やるが、もの言いたげでも何も言葉が出てこない様子だ。

 

 ため息をつく。

 

 

「では、アランとは?」

 

 

「は、はい! アラン・フォークは私の義理の弟にして側近。幼い時にフォーク家に養子に入った男にございます」

 

 

 クリスは眉をひそめる。

 

 

 カリタスも一見したところ二十になるかなるまいかの年頃だ。

 

 

 若い聖獣ならまだしも、ガルナダといえば大分古株で、若者のが呼ぶには釣り合わない・・・

 

 

 世にほころびが出る頃に、隠れた人材が躍り出てくるものだ。

 

 

「聖獣を呼べる程の者がフォーク家にいたとは・・・」

 

 

「は。あの者は幼い頃より魔術に長け、三年前からフォーク家の攻防隊に配属されておりましたが、サルザーリで捕まったと聞き及んでおります」

 

 

「なるほど。わかった。お前達は近日中に始まるであろう攻防戦に備えて休むがよい」

 

 

「はっ、では失礼致します」

 

 

 クリスは若者達を見送ると、粗野な紙の封筒に目をやった。

 

 

 マッタイアスにアラン・・・信用できる者たちなのか。

 

 

 開けるか戸惑っていると、突然封筒が熱を持ち始めた。

 

 

 みるみる空気に解けてゆく。

 

 

「!」

 

 

 とっさにそれを手放したが、現れた青い光が躍り出て、空中に文字を描く。

 

 

 揺らめく光が言葉を形作る。

 

 

「これは・・・」

 

 

 複雑な胸腺の中に隠された百合と羽を広げた鷲の紋章。

 

 

『次の満月の夜、東に対峙すべく西に眠れる紺碧の翼を放とう。』

 

 

 そして、王家の紋章が揺らめく。

 

 

「まさか・・・マッタイアスとは・・・」

 

 

 

 

 

「候よ、今なんと言った」

 

 

 議長は王の下座から初老の男凝視した。

 

 議員のどよめきに構わず、グスタフ候は深く頭を垂れながら大きな声で繰り返す。

 

「恐れながら報告致します。捉えた16、7のガルス人が赤眼をしておりましたが、追及中に取り逃がした次第にございます。」

 

「なんと言う事だ!」

 

 今度こそ、議会広間は騒然となる。

 

「赤眼ということはその者はガルス王家という事か!?」

 

「伝説ではなかったのか」

 

 どよめきが広間を支配する。

 

ドンドンドン

 

 議長は木槌を机に打ち付け、静粛を促すと質疑を続ける。

 

「それで、ガルス王家の者であったのか?」

 

 脂汗がグスタフ候の厳しい表情をつたい落ちる。

 

「は、それも追及中でありましたので、はっきりせず・・・」

 

「国境の警備を固めて、その者を引き続き捜索するがよい」

 

 誰もがグスタフ候の失脚を確信したが、議長は冷たくそれだけ言い放つと、厳しく眉間にしわを寄せた。

 

「そもそも我がサルザーリががそんな降ってくる幸運み縋るつもりは無い!結界の消滅作戦はどうなっているのだ、魔法大臣」

 

 魔法大臣は思わぬ不意打ちにも落ち着いて進言する。

 

「は。軍部の協力を得て着々と準備が進んでおります。次の満月には欠壊できるでしょう」

 

「そうか。では計画通りにその後の掃討作戦も進めるように。グスタフ候は軍配備に街を上げて協力したまえ」

 

グスタフ候は闇に浮かぶ深紅の双眸を思い浮かべ、苦々しく頭を垂れた。

 

 

 

 

 


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