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第一章 3 訃報

 

 

 母国の訃報を知るよしもなかった。

 

 

 

 

「そうか。ガルスの王も慈悲深い。身を犠牲に国に結界をはるとわな。せっかく要塞を落としたからには、こちらも早急に結界を破る準備をしなければなるまい。

 

いますぐ魔法省をあげて策をたてよ。帰還兵のねぎらいは軍部に、大臣は各候に全ての族長の意見を内密に集めさせよ。今後の国政について考えたい。」

 

「早急に。陛下」

 

 若き主君に皆が跪いた。

 

 王は若かったが、聡く、野心的で威厳のある姿は尊敬と服従を集めるに足りていた。

 

 先代の切迫した新国家樹立政権の混乱は徐々に収まりつつあり、まず国の安定と国力増強に成功した新王の信頼は厚い。

 

 サラザーリはまだ政権が確立して三十年もたたない。この周辺は、昔から多くの有地民族と小国家が隣り合って共生していた。

 

 その中でも王立国家ロンバルディアには優れた治癒の魔術が発達したことから、多くの民族に慕われ、また従えていた。

 

 一方、サラザーリは、元は大規模な有地民族で、武術にたけていたこともあり、勢力を拡大し、ロンバルディアを政権下に入れたことで国家として成立したのである。

 

 

 

 ここ数年ガルスへの侵攻で要衝となっていた最東端の街は帰還兵の歓迎のお祝いムードで賑わっていた。

 

 街のあちこちに露天が並び、華やかな装飾や横断幕やらでとても明るい。

 

 翌日にも戻ってこようとは。一刻も早く母国に戻るつもりであったが、冷静になってみれば無謀だったかもしれない。

 

 単身であがいたところで前線で捕まるのが落ちだ。

 

 敵国ながら、人々の活気を浴びて、まだ自分も生きている事に我に帰る。

 

 たった数日まで殺し合った者でも、涙して家族と再会を喜ぶ姿に心撃たれる。訃報に涙する者の哀れさにも複雑な想いを起こされた。

 

 この手で殺めた者かもしれない。

 

 しかし戦場とはそういうものだ。

 

 戦乱が多かったガルスの西に育ったアランにとっては、幼い頃から目の当りにしていた死というものは、自然であり必然であった。

 

 

「マリー・・・?」

 

 

 思い出したように横を見ると、さっきまでそこにあったはずのふわふわ頭が無い。辺りを見回したがやっぱりいない。

 

 

「はぁ・・・」

 

 

 

 

 

 先刻の惨事の後。

 

『つまり、わたしも魔法使いだったってこと・・・?』

 

『ちゃんと制御装備すれば役には立つし悪いことはないとおもうけど』

 

 呆然とする少女に冷静に答えた。

 

 なかなかでかい魔力だったしな・・・。ま、俺には遠く及ばないが。

 

『とりあえず街に降りて、じいちゃんの知り合い探そうかな・・・』

 

 少女は諦めたように瓦礫から身の回りの物資を掘り出して荷造りをした。

 

『そうか。身寄りがあるならよかった。悪いけど、状況が状況だし俺はこのまま山を越える。ここから国境は遠くないだろう?』

 

『えぇ?・・・』

 

 少女は不思議そうな表情をうかべた。そしてゆっくりと指差す。

 

『ガルス方面なら、街を挟んで全く反対方向だよ?』

 

 手元の磁石が狂を見る。

 

 もしかして戦場で吹っ飛ばされた時壊れた・・・?

 

『でも、すごい方向音痴なんだね、きっと』

 

 

 

 思い出すと無性にむかついた。

 

 なんか、調子をくるう・・・。こいつは、俺、苦手だ。

 

 アランの姿はまやかしの術で再び髪と目の色が変わっている。街の人並に溶けて、しばらくもしないうちに、とびきり色素の薄い姿が細いとおりの奥先に見えた。

 

 

 

「おい、そこの娘。とまれ」

 

「へ。」

 

 素直に足を止めると、街の武官が5、6人で歩いてきた。いかにもサラザーリの原民族の風貌で、筋肉質な体が見て取れる。

 

「当りだな。な、言ったろ!」

 

「たしかにこいつはシロモンだぜ」

 

「いままでで一番じゃねぇか?」

 

「いかにも育てがいがありそうだ。ハハハ」

 

 ここまできて、あまりに下品な笑いに少女は状況を飲み込んだ。なんだか逃げ場の無い狭い塀に囲まれた路地だった。

 

 

「そいつは俺の連れダ」

 

 

 あ・・・。

 

 アランは威勢良く出たはずだった。武器も無い、魔術も敵地では適当でない・・・という不利な条件を口頭作戦で乗り切ろうと思っていた。

 

 

 しかし、発音が。

 

 

「なんだ、随分なまった連れじゃねえか」

 

「腕に自信がおありかな?」

 

 

 自信があっても、体格の差は明らかで、武器なしでは乗り切れる自信が無い。

 

 

「どこのなまりだか。まるでガルスの古語じゃねぇか!」

 

「ガハハハ!」

 

 

 とんだ墓穴を掘ったことにアランは動転する。

 

 

 しかし、少女の目は急にパッときらめいた。

 

 

「お、お、夫があんなに訛ってるのは僻地の出身だからなんです」

 

 夫?!

 

 アランは目を見開く。

 

「なんだ、冗談はよせ。まだお前みたいな子供が既婚に見えるか!」

 

 わっと笑いが起こるが、彼女は憤怒の形相で身分証を突きつける。

 

「私、正真正銘17歳です!!!」

 

 

 17と言えば庶民の中では結婚していても相応だ。

 

 なぜだか男たちは圧倒される。

 

 

「じぃちゃん直伝、必殺危機一髪を乗り切る拳!!!」

 

 

 少女は意外と強烈なパンチを武官のみぞおちにかますと、ついでに圧倒されたアランの手を引っ掴んで駆け出した。

 

 引っ張られるままに大通りに戻ると、アランはたまらず吹き出した。

 

 

「さすがに既婚は無理があったんじゃ・・・しかも17には」

 

「ほんとに17だもん!!」

 

「だとしたら、笑えるかも」

 

「ほ、ほんとだも〜ん!」

 

「うそつけ」

 

 

 アランはマリーの意外に大きい胸の膨らみが視界をかすめて、まんざらでもないかもしれないと一瞬考え、それを振り払う。

 

 

 さっき言おうとしたことを思い出す。

 

「そういえば、どこまで一緒にくるつもりなんだ・・・じぃさんの知り合い探すって言ってなかったか?」

 

「だって、アランの方向音痴が心配だし街の端まで・・・」

 

 アランは眉根を寄せる。

 

 

 まぁ、こいつのおかげでうまくカモフラージュしているような気もするが・・・。

 

「一緒にいるだけリスクが高い。ガルス人としていつまでもここにいられない。一刻も早く帰らないと」

 

 

 

 三秒の間。

 

 

 

「どうやって?」

 

 大きな眼がこちらに向く。

 

 

「どうやってって・・・国境を越えて」

 

「でも。今、ガルスは結界があって入れないよ?」

 

「結界・・・?」

 

「知らなかったの? ガルスの王様が命の結界をはったって、みんな知ってるよ。それで兵隊さんがいっぱい帰ってきてるんだよぉ」

 

「なんだって」

 

 

 一瞬にして頭が真っ白になる。

 

 

 

 命の結界。

 

 それは強力な結界と命をひきかえにされる。

 

 

 

 王が・・・

 

 王が・・・死んだ?

 

 

 

 空気が凍る。

 

 みるみる双眸が色濃くなる。

 

「・・・アル?」

 

「あの方が死んだ・・・?」

 

 愕然とする。

 

 心が高ぶって今にも力が溢れ出しそうだ。

 

 冷静さを取り戻そうとするが、内なるものを抑えるのに体が震えて、地面に膝が落ちる。

 

「アル?!」

 

 少女は声をかけようにも何を言っていいのかわからないので、アランの肩を包んだ。

 

 

 すると、不思議と暴れだした魔力が静まりかえった。

 

 

 アランは細い腕をはがして、少女を見る。

 

「大丈夫・・・!?」

 

「あ・・・あぁ」

 

 その細っこい腕に安らぎを覚えた自分にアランは赤面する。再び大きな瞳から目をそらすとアランは小さく言った。

 

「ありがとう」

 

 優しく離れた存在感のある手にマリーもドキッとする。

 

 そうするうちに、立ち上がってまた歩き出した青年を追った。

 

 

「ま、まってよ!」

 

 

 

 

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